★三木に住んで40年近くになるが、
三木に関心を持ちだしたのはこの5年あまりのことである。
いろんな経緯があったが、
『さるとる』さんや、JJさんに出会って、何となく『やる気』になったのである。
『みっきぃふるさとふれあい公園』のコンセプトに共感して、
私のふるさとカワサキのバイクの世界に関連した、『新しい二輪文化の創造』を夢見て、
NPO The Good Times という
『物事の目標が実現する仕組み』の創造をスタートさせたのである。NPO を造って2年半が経過した、
夢見た通り全国展開にもなりアメリカにも拠点が出来た。
『新しい公共』の旗を上げて、
兵庫県などが密接に関係する『
孫文を語る会』との協働も実現した。
今年は、更にオモシロくなりそうである。
★昨日は、三木総合防災公園で、

こんなメンバーが集まった。
兵庫県の防災企画局の方、三木総合防災公園のトップの方々、三木のオモシロい人たち、
これがBERTの呼びかけで集まったのである。
民間の
BERTが目指す
バイクによる災害発生時の緊急救援組織の全国展開という壮大な計画に、
兵庫県や阪神大震災の中心地神戸市が共感し、協働体制を取ったのである。
三木には総合防災施設も公園もある。
兵庫県から神戸市からこの運動をスタートし、
その訓練施設の第1号として三木からスタートしようとしている。
そして、その一環である『笑って遊ぼうミキランド』は遊びながら一般の人たちに災害に対する知識や行動を啓蒙しようという取り組みである。
このBERTの理事長片山敬済さんは二輪世界GPチャンピオンであり副理事長の廣岡さんともども、NPO The Good Times の会員さんだから、
三木のNPO の会員さんたちも協力しながら、
同時に三木を全国に広報しようと取り組んでいるのである。
既にいろんな媒体でBERTの活動は報道されている。
1月17日に神戸をスタートしたバトンは、
3月11日には岩手、宮城、福島の被災地にその間集められた募金とともに届けられ、
その活動は、9月まで続けられることになっている。
★『
笑って遊ぼうミキランド』で使用する場所を決めるための現地視察で、三木総合防災公園のトップの方たちが協働して、案内して頂いたのである。

『笑って遊ぼうミキランド』は輪のあるものを集めて遊ぼうというコンセプトで、自転車も三輪車も一輪車でも、車いすでもOKなのである。
ミニSLも走らすということで、
そのスケジュールが大丈夫な
5月20日に決定した。
内容の具体的詰めは今からである。
三木側のチーフには、さまざまなイベントを手掛けている『さるとる』さんが当たってくれる。
その広報は、NPO The Good Times やFacebook などを駆使して、最先端の広報システムで展開する。
こんな市民、賢民が推進するプロジェクトに、
兵庫県、神戸市とともに
是非三木市も協働をという声も強いのである。
既に、ボランタリー活動プラザみき の稲見所長は、この趣旨に賛同頂いて昨日の現地視察にもご参加頂いている。
★昨日の夜は、『
粟生線の未来を考える市民の会』であった。
昨年末に立ちあがったこの会だが、未だ総会はやっていない。
そこらにある総会とは差別化した、楽しい遊び心いっぱいのモノにしたいという意見が強い。
未だ本決まりではないが、
『
神戸電鉄の3両か4両編成の電車』を借りて、志染駅に留めて、
ライブを含めて楽しさいっぱいの総会にしようという方向だけは決まった。
2月の神戸電鉄活性化協議会の当日まで概要を纏めることになっている。
この中心メンバー達もみんなNPO The Good Times のメンバー達である。
ここにも『さるとる』さんは顔を出してくれている。
さるとるさんが最近作り始めたホームページ、
日々進化していて楽しみである。
中味の進化しないホームページなどあまり意味がナイ。
これくらい動いているということは、現実に動いているということなのである。
そこには、
BERTの活動もあるし、
NPO The Good Times の項目もある。
神戸電鉄粟生線活性化も入ってきた。
今までの活動とも合わせて
『みっきぃふるさとふれあい公園のコンセプト』なのである。
未だ仮称だが、完成すれば
『
みっきぃふるさとふれあい王国』と名付けられるかも知れない。
行政の主催も、市民の主催するイベントも、そのたどんな活動でも、
三木の中で展開されるものは全てその中に包含できるヨコイッセンのコンセプトなのである。
其れが楽しく『グッドタイム』なことならば、
日本でも、世界でも、行政でも、大企業でもみんなヨコイッセンで包括しているのが、
NPO The Good Times のトータルシステムなのである。
その活動の主役は、あくまでも活動される会員さんという、
一般のネットシステムと同じ仕組みなのである。
2年半経って、何となくそのイメージも具体的に湧いてきて、
いろんな方がそのシステムを使おうとされ出した。
三木もいよいよ動き出すかもしれない確かな実感を感じている。