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明石で生まれた。
ひとつのとき朝鮮に移り、今のソウル、京城に住んでいた。
中学1年の夏終戦、そして引き上げてきてずっと日本で生活している。
タイトルにあげた日本の都市は、それ以降住んだり関係があった都市である。
みんなそれぞれいいところはある。
『住めば都』 とはよく言ったものである。
ーーーはいいですよ。と言ったりするが基準がどこにあるのかよく解らない。
『どこに住みたいですか?』 と聞かれたら、躊躇なく私は 『三木』 と応える。
家内に聞いたら多分 『神戸』 と言うような気がする。
人それぞれ判断とする基準が違うのだと思う。
札幌、仙台はいい町だが、『冬は?』とすぐ思ってしまう。
高槻は住んでいたころは、何の特色もない町のように思った。
明石はいろいろ想いでも多いが、むしろ夏冬の休みに帰省していたころの戦前の明石が風情があっていい。
神戸は中学、大学と学生時代毎日通った町だが、何となく住みたいとは思わない。
私の判断基準の第一は『環境』『立地』である。
子供のころから周囲に大きな自然があったところに育ったので、そんな環境が一番である。
三木はその点抜群と思っている。
自然もいいし、空気もいい。
意外と思われるかも知れぬが三木の立地も便利でいいと思っている。これはクルマでという前提つきである。どこに行くのも便利である。神戸に行くにしてもたくさんルートがあるのが好きである。その自由度がいい。
クルマの免許のない家内などは三木は至って不便と言うのはよくわかる。
最近、三木の市政などについてこのブログではよく書いているが、
人が生きていくうえで 『市政』 などあまり関係がないのだと思う。
ちゃんと生活さえ出来ていれば、無関心のほうが普通なのだろう。
かって生活してきた市の市長の名前など、全然知らないし、覚える気もなかった。
三木市も30年以上住んでいるのだが、薮本さん以前の市長さんの名前など知らなかった。
ごく普通の市民にとって『市政』とはいったい何なんだろう。
『サイレントマジョリテイ』と言うから、やはりほとんどの人には直接関係も関心もないのかもしれない。
そんな自然の状態に保つことが『いい市政』なのかも知れない。
私が、三木がいいと思っている 『環境』 『立地』 は市政に関係があるのかないのか?
あるような気もする。
長年の間に、自然にそうなったのである。
35年前、三木を選んだときの理由は、『私の給料で何とか買える場所』であった。
『環境』『立地』がそんなによかった訳ではない。