雑感日記

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2010年 09月 20日 ( 2 )

三木市の事業改善会議を傍聴して

★この連休の2日間、三木市の『事業改善会議』を傍聴してきました。

三木市役所の担当部門の方が当然ながらおられて、顔見知りの方たちが沢山担当されていて、
ちょっと書きにくい面もあるのですが、
gooのブログの方に、大雑把な感想を書きましたので、
多分三木の役所の方の読者も多いこちらの方では、『率直な意見』を述べてみたいと思います。
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ひょっとしたら、日本の市役所の中で一番大きな駐車場ではないかと思われる、その奥に建つこの建物の4階で『三木市事業改善会議』は行われました。

★一昨日と昨日、続けて2日間、午前中だけ傍聴しました。
受付で住所氏名を書いて、帰りにはアンケートを提出します。
少々辛口の意見を書きましたので、アンケートにも名前を書いて提出しました。

受付で担当の方に、『面白いですか?』と質問したら、『面白いと思いますよ』とのお答えでした。
確かにいろいろ解って『オモシロかった』のですが、それで『事業改善会議』が良かったというのではありません。
いろいろのことが『透けて見えて面白かった』と言うのが本音です。

●市役所のホームページに『事業仕分け』と関連付けてこの会議の説明がなされていますが
これは『事業仕分け』とは何の関連もない『似て非なるもの』です。
その理由はgooのブログに書いています

●この会議は、多分上から各課に指示があって各課が仕方なく『提出さされた』案件の中から選んだもので別に三木市の戦略部門が策定した重要な課題ではないと思います。
何億円もの赤字を出している市民病院問題など、『財政危機宣言』の中心課題は避けられています。

●市民の出席者から『これは模擬討論会ですか?』という発言が飛びだしましたが、
まさに、出席者の研修会ならよく解るのですが、とても議論をして、事業改善するレベルにはなっていません。

●こんな会議を何日もかけてやることを『止める』ことが一番改善になるのではと思います。

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★出席者のレベルが揃っていて、それぞれが持っている知識以上で展開されるレベルでの話し合いを議論と言うのです。
30分も質問時間に費やされるメンバー間で『議論』など成立しません。
殆どの議題が、質問とその説明が中心でした。

この会議をリードされた3人の大学の先生とその他の方とのレベル差が歴然で、さらに提案者の市側の担当者に熱意が全然感じられないのでは、これでは議論にはなりません。

さらに、課題の提出をやらされた市の職員側には、説明はするのですが、改善をしようと言う熱意のかけらもなく、それは発言のトーンに明確に現れていました。


★理念もコンセプトもなく、ただただ突拍子もない個別問題を思いつきのように繋いでゆくのが三木市の施策の特徴のように思います。

多分、この会議の話も上手に脚色されて、広報みきなどに載せられたら、殆ど何も解っていない一般市民は、
『三木市も事業仕分けをした』と『錯覚』するのでしょうし、そんな風に広報する材料を創ることが、最大の目的であるように思います。
出来るだけ、一般市民には本当のことが伝わらないように仕組み、結果はどうでも何か先進的なことをやったように仕組む、そんな基本戦略は逆に言って見事です。
『すべて選挙の票になるような施策』になるように仕組まれています。

毎日発信すると、本当のところがバレテしまうブログなどは、途中でギブアップですし、
無料で幾らでも情報発信できる最新のツール『ツイッターなど』については、
それに対する考えを正規の市長メールで質問しても、返事は戻ってきません。


★この会議の市民公募も当初の8人がなぜダメだったのか、新聞に公募に??と書かれて、
こんな言い訳をされています
あとで推薦された4人の方がどの方なのか解りませんが、市に都合のいい人を選んだと言われても仕方がないと思います。

別に各地区から市民代表が出る必要など全くないと思います。
それよりも、会議の中で先生からの指摘もありましたが、『若い人』に対する視点など完全に抜け落ちていますし、大きな視点からの発言はほとんどありませんでした。
地区などには関係なく、もっと広く高いレベルで議論できるメンバーが集まればいいのですが、
それは現実には難しいのでしょう。

いつものことですが、実質的な効果などよりは『形が整えられたらいい』という本音が透けて見えます。


★もし、本音で『市民目線での厳しい意見』を求めておられるのなら、このブログをそのまま市長メールでお送りしてもいいのですが、役所の職員の方は、何人かはお読みになるでしょうし、ひょっとしたら市長に届くかも知れません。。

私のような市民の傍聴者でも、ちゃんと一つの議題が終わるまでは、席についているのに、
市長を始め上層部の人たちだけが遅れて出席したり、せっかく遅れてでも出席された市長が20分ほどで姿が消えてしまうなど、
その程度の位置づけの会議なのか?
あるいは、会議の中味のなさに呆れて退席されたのか?

少し辛口になっていますが、
三木を元気にすることには、ほんとに応援したいと思っています。
少なくとも私の周りの方は、そんな想いの方ばかりです。

三木のリーダーである薮本さんが、『三木に対する情熱のほとばしり』を是非見せてほしいと思います。
確かに、『敬老会などでのごあいさつ』などその他応対の上手さは認めます。
そんなことばかりで、選挙の票にならないことには、何の関心も示さない。
『三木に対する何の理念も持たない』そんなリーダーのもとにいる市民は不幸です。
一番、迷惑を被っているのは、勝手なな思いつきでアレコレやらされる三木市の職員なのかも知れません。

是非、こういう会議で、もっと生き生きした職員の姿を見たいものです。
ひとは、自分のやりたいことを発表するときは、自然に生き生きとするものです。

今の姿は、『いやいややらされている』『担当した時間が無難にすめばいい』
そんな感じに思うのは、私だけなのでしょうか?
少なくとも、私が電話で話をする三木の職員の方は、初めての方でももっと生き生きしています。
そんな職員さんが、なぜこんなに大人しくなってしまうのか?

電話でも、会議の発言でも、想いのある発言は、それを感じさせる一種のトーンがあるものです。
そんな発言を是非聞きたいと思っています。

少々辛口になりましたが、
私の感想がもし間違っていたら、それは三木にとって三木市民にとって幸いなことなのですがーーーー。
by rfuruya2 | 2010-09-20 20:26

敬老の日

★今日は敬老の日です。

間違いなく我が家は、老々家族なのですが、
今まで、あまり敬老の日を意識したこともありませんでした。

母の日や、父の日に何かプレゼントを貰ったことはありますが、
敬老の日に、何かをしたり、されたりと言う経験は皆無です。

皆無と言えば、三木市に怒られるかも知れません。
昨年は確か、母と一緒に、喜寿のお祝いでお祝い金を頂きました。
今年は、母にだけお祝い金が届きました。
わざわざ届けて頂いた町内会長さんに聞きますと、100歳以上は毎年、あとは確か99歳、88歳77歳だそうです。
次に頂けるのは88歳ですから、まだ10年先の話ですが、頂けるだけでもありがたい話です。

肝心の身内は殆ど無関心なのですから。


★今年は、『敬老の日』をちょっと意識しています。
母が今入院をしているからです。
今日も見舞いというか、顔を見に行こうかと思っています。

入院などしたことのない母ですから、今までは『敬老の日』に何をしたこともないのですが、
病気になると、『敬老の日』も何となく気になるものです。

昨日は、一番上の妹が見舞に行ったとかで電話をくれました。
『今日は結構元気で、何も悪いところがないのに、なんでこんなところにいるのか。家に帰る。』といつもの母のようになってたと。
元気になるのは結構なのですが、正直家に帰って来られても困るのはまた事実です。

今私は、この月末までは独りですから、入院する前のように、
『面倒を見る』だけならいいのですが、『介護』などとてもできません。
退院したら直接、養護の施設に行けるように段取りしています。


★それでも、『少し元気になった』と聞いて、
昨晩は、独りで『敬老の日』のお祝いをする気になりました。

たまたまですが、今家内はアメリカの娘のところに約2カ月の夏休みです。
その間独りですが、
『質素な生活』をして体重を落とすことが、一つの目標でした。
結構ちゃんと目標通りに生活出来て。2キロほど体重も減りました。
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突然思い立って、コープに買いに行きました。
ちょっと高い北海道の弁当とホンモノの少し大きめの少しだけ高いビールを買ってきて、
ちょっと他に料理も作っての夕食です。
まあ大したことはないですね。 『質素な生活』のうちに入るでしょう。


★それはそうと、敬老の日、兵庫県の多可郡から始まったって、知ってました?

Wikipediaの記事の一部からです。何も知らずにいきているものです。

●「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。
●2003年までは9月15日だったが、2004年から第3月曜日となった。
●敬老の日を第3月曜日に移すにあたって、高齢者団体から反発が相次いだため、2001年に9月15日を老人の日、同日より1週間を老人週間とした。

●兵庫県多可郡野間谷村の門脇政夫村長と山本明助役が昭和22年に提唱した「としよりの日」が始まりである。

●これが昭和25年からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった。
その後「としより」という表現は良くないということで昭和39年に「老人の日」と改称され、昭和41年に国民の祝日「敬老の日」となった。


『年寄り』は私はよく使う言葉ですが、どうしてその表現はよくないのですかね。
他にも言いなおされている言葉がいっぱいありますが、
昔の表現の方が解り易くていいものばかりです。
難しく、生きにくい世の中になりました。
そんな言葉がなかった時代の方が、家族のいじめなども少なかったような気がします。

理屈ばかりが先行して、気持ちがついていっていないのだと思います。

今日は『敬老の日』です。
誰かが、敬ってくれるでしょうか?
by rfuruya2 | 2010-09-20 07:36