雑感日記

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1月も今日で終わりです

★いろいろあった1月ですが、今日で終わりです。
明日からは、プロ野球のキャンプも開幕いよいよ一気に春に向かうのでしょう。
もう4月のゴルフの予定が連ちゃんで入ったりしました。

1月スタートは、三木市長選挙もあって賑やかだったのですが、選挙も終わって何か静まりかえったような感じです。
市会議員さんたちのブログが特に音なしです。
議員数の低減問題などもあって、ものが言いにくいのでしょうか?
確かに、自分のことは言いにくいのかも知れません。

★市会議員というのは、自ら立候補して当選されたのですから、どんな状況になっても自らの信念で発言し続けるべきだと思います。
ただ、ブログすら持たれていない『何も仰らない方』がほとんどですから、数を減らすと言われてもなかなか反対の理由が見つからないのかも知れません。

ただ、市会議員にコストがかかるからそれを減らして何かをやろうと言う論法は、ちょっと本質から離れているように思います。
そんなコストの話ではなくて、議員はどうあるべきなのか? そこら辺りが本当のところよく解りません。あちこちに視察旅行ばかりをしているような感じもします。

三木市の行政に対して議会のときだけでなくもっと発言されたらとも思います。
今回は薮本さんを推されなかった方がほとんどですから、余計にそう思います。

★昨日のツイッターでkwakkyさんが、
『三木市緑が丘町を中心に始まった「男性介護ネット」第1回目の様子をまとめてみました。いい会合でした。』とこんなブログを紹介しておられます。
fuji_take1さんが参加したいと賛同しておられます。

ツイッターもこのような広がりを持てばいいなと思います。
緑が丘自治会のブログも続いていますが、定着するでしょうか?

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これは私事ですが、
何かよく解りませんが、1箱にカードが10枚入っています。1枚300円、2箱で6000円もします。

アメリカの孫に買うように頼まれて、先日専門店に買いに行ったら、
『昨日発売でしたが全て売り切れました。今度いつ入るか解りません』という。モノが売れないなどと言っているのに大変な世界もあるものだと思っていた。
半ば諦めていたのだが、昨日サテイで聞いてみたら、あったのである。ただこれが最後、これで終わりである。

孫は夏休みに来たときに、『お金は払うから』などと殊勝なことを言っているが、『あったよ』と
娘のブログにコメントしたら
直ぐにお礼の電話がかかってきた。
世界も狭いものである。


同じ『私事に亘る』ものですが、こちらはBS TBS で今朝9時から再放送があります。
by rfuruya2 | 2010-01-31 05:32

年齢 30代 40代

★自民党の参議院比例区公認で70歳以上はダメ ということになってニュースになっている。
確かに、70歳以上でも元気な人はいる。若い人よりは経験もあるしいい面もあると思う。

でも、こんなルールは例外をつくらず守った方がいい。
人間、誰でも進歩する。若い人ほどその巾は大きい。
いつまでも年寄りが、いろんな地位に拘って頑張っているのは、よくないと思っている。

政治の世界に限らず、上がおらぬようになると必ず優秀な新人が現われる。
ポジションがないと、伸びる新人も伸びないのである。
プロ野球の世界など見ていると、それはよく解る。

いろいろと意見はあるだろうが、阪神の金本なども自ら若い人に機会を与える決心を今年あたりは自分から申し出るべきではなかろうか。監督も記録があるので言い出し難いだろう。
今のままでも十分すぎる大記録で誰も追随できないと思う。


★30代、40代の若い時期の方が思い切ったことが出来るのだが、その時期になかなかそんな環境にならないのが問題である。

ただ、その時期の若い人たちの間で、ある地位がないと出来ないと思い込んでいないだろうか?
だんだん、地位が付くとそれなりに自由にやれなくなることの方が多い。
一番自由にやれるのは、30代ではないかと思ったりする。
30代で何もやれない人は、幾つになっても地位が出来ても何も出来ないのではないか。

『うちの課長や部長はダメだ』と愚痴ってばかりいる若手は、やがて自分自身が同じ道を歩くことになる。

30代、樋渡さんはもう40代に入られたのかな。国定さんも、倉田さんも30代である。
市長だからできるのではなくて、樋渡さんや国定さん、倉田さんだからできるのである。
50代や60代の市長さんでも何も出来ない人はいっぱいいる。

★若いときから、自分のやりたいことをやりきる体質にしておけば、社会的な地位などなくなっても、面白いことは、周囲いっぱい転がっている。

昨日は、潮流発電であるベンチャーキャピタルの30歳の若い人と話をした。
確りしていると思った。人はそんな仕事をするとそんな風に成長するのだと思う。
アフガン出身のもっと若い日本語ぺらぺらのもう一人の青年と二人でやってきたが、すっかり意気統合してふたりともNPOの会員に入ってくれた。

ツイッター解らぬままにやっているが、フォローしてくれる人が増えて196人になった。
昨日はマーケッテングエッセンスの大西宏さんがフォローしてくれる仲間に入った。
大西さん幾つなのだろう。

★私の回りの方、最近は結構30代、40代が多い。
是非、頑張って、どんどん伸びて欲しいと思う。
そんな年代と付き合うことで、歳はとるが、なんとなく若さが保てているように思う。
by rfuruya2 | 2010-01-30 07:11

ツイッターと三条の国定市長さん

★昨日、gooのブログはたまたま、ツイッターについて書きました
今朝アクセス解析を見たら、
三条の国定さんのブログからがトップになっています。

何事かと思ったら、三条の国定市長がツイッターについて書いておられるのです。

★そのブログを読んでみて、言われている内容のこともあるのですが、
全体を通して、国定さんのよさというか、人柄など、この辺りが国定さんの真骨頂だと思います。

簡単なことのようですが、なかなか率直にこういう風に書けないものです。
こういう市長さんいいですね。
ウソがなくて、仰ることをすーっと信じられると思います。

★ツイッターについては、仰っているように、私も解らないところ、使い方で迷っているところいっぱいです。
それだけ使い方の範囲が広いのかも知れません。
個人の立場と、公職をお持ちの方の立場では、いろいろと違いもあると思います。

樋渡さん、国定さん、倉田さん、3人とも日本一若い市長の経験者ですし、総務省の出身ですし、いろんなところで、連携しておられます。

★連携とは人と人との繋がりだと、今朝のブログで武雄のかいぼー先生が言っておられます。
かいぼー先生もつい先日からツイッターは始められたのですが、いろいろ疑問も持っておられて、独特のつぶやきを展開しておられるようです。

★ツイッターはブログと違って、繋がっている人たちの間のつぶやきだったのですが、
gooなどでは、自動的にブログにアップできる機能も付いたので、叉コンセプトを考えなおしたりしています。

国定さん、いつかその気になられましたら、ぜひ。
一番、さるとるさんが喜ぶと思います。
つぶやきですから、ホンネで気軽に行けばいいのですが、なかなかそれも難しいのも事実です。


ツイッター、結局のところ『よく解っていません』が、オモシロイところもあります。
by rfuruya2 | 2010-01-29 06:40

私のネットの社会

★毎朝起きてから私が毎朝していること、『私のネット社会』とのお付き合いである。
まず、gooのブログのアクセス解析を見る。その後昨日書いてあるgooのブログを発信する。

それからいろいろと私のお気に入りに入っている100に近いブログを見るのだが、
最近はその前にツイッターのチェックが入ってきた。フォローする人を増やしたらフォローされる人も増えたが、そのつぶやきが全部並ぶので読むのに大変である。それで今ぼちぼちとフォローしている人を減らしている。

お気に入りのブログは結構読み甲斐がある。今朝のブログから思ったこと。

★まず、大西宏さんの紙の新聞はもう要らない これはなかなか読みでがある。

日経が電子版の新聞を出したようだが、紙と同じ値段はおかしいと言っている、。確かにネットはただなのだから、その辺は考慮すべきであろう。

この中にリンクされていたFACTAも面白そうだった


紙からの脱皮と言えば、『緑が丘町西2丁目自治会のお知らせブログ』も快調に続いている。
『この縁石をどうする』と言う記事もなかなか面白かった。
家の直ぐヨコの交差点だがそんなの気が付かなかった。

少ないながらもアクセスは安定してきている。もう一息である。

鈴木宗男さんのムネオ日記、検察庁との対決記事が毎日続いている

これを読んでいる限り
検察もちょっとやりすぎである。 殺人事件ではないのである。
政治の世界ではいっぱい他にもあると思われることをここ1点に絞って意地でやっているような気がする。


gooのブログは、ツイッターについて書いた。
まだ、ちゃんと解ってはいないが、結構オモシロイ。

私のブログはともかく、日経ビジネスの特集記事は是非ご一読を
前編 と 後編 からツイッターを分析している。

今、まだおやりになっていない人は是非チャレンジされることをお奨めである。
by rfuruya2 | 2010-01-28 07:51

鯉と池


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こんな普通の庭になってしまった。
元もこんな状態だったのだが、子どもの頃から魚とりわけ鯉が好きで自宅でも何とか鯉が飼いたくて25年も前になるかと思うが、この場所に池を作ったのである。

深さは1メートル、本格的な自動洗浄装置もつけて200万円近くかかったのではなかったか。
それから昨年の夏まで、いろいろと変わったがずっと鯉がいたのである。
昨年の春ごろの写真である。

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何年か前に退職して札幌から戻って5センチほどの稚魚から育てた鯉だったのだが、結構大きくなっていた。
昨年の夏に、何匹か新しい鯉を買ってきたのだが、それがどうも鯉ヘルペスにかかっていて、どうすることも出来ないうちに、1ヶ月ぐらいの間に全部死んでしまったのである。

処分するのも大変だったし、ショックが大きすぎてそれ以来は改めて飼いなおす元気もなく吉川の夏祭りの金魚なども入れていたのだがそのままになっていた。

いろいろ考えた挙句、思い切って池を壊して元に戻すことにした。
壊すのも大変で2日がかりでやっとこんな形になったのである。



池は小さいのがもう一つあるので今後は金魚やめだかえびどじょうなどはいるのだが、もう鯉は飼えないと思うとちょっと寂しい。

もう少し前向きに考えれば、バラを植える面積が少し増えたと思えばいいかなと思っている。
まだ今年のバラには間にあうのでゆっくり考えてみたい。
by rfuruya2 | 2010-01-27 06:55

心境、環境の変化?



★三木の選挙のときはブログも異常であった。この数日少し落ち着いてほっとしていると言うか、なんとも言えない不思議な気分である。

今言われている、市会議員の定数などは、議論のなかに入って行ける知識もないし、数をどうこうしてみても市議の質が上がったり、議会のあのいい加減としか思えない運営が変わるとも思えないのである。

大阪府で言えば、橋下徹一人で変わったように、武雄が樋渡啓祐で一挙に全国区になったような変化は、今の三木の市長以下の陣容では、期待できないような諦めの気持ちなのである。

誰か一人でいいのだが、面白いのが出れば直ぐ変わると思ったりしている。


★三木の行政などにはほとんど無関心ですごしてきた昔にようにはならないとは思うが、
『三木、三木』と言ってみても対して面白いことにはならないような気がして、ちょっと冷めた心境である。

私自身は、ある程度所属するチームや組織には忠誠心は持っているのだが、がちがちでもないのである。
長く『カワサキ』にはいたが、カワサキオンリーはイヤなのである。直ぐ二輪業界をと思ってしまうのである。

少しずつだが、ちょっと先の大きい枠で考えたいのである。


★先週、カワサキのファクトリーOB会と銘打っての会合だったが、考えてみるとカワサキ一筋で過ごした人もいるが、他社の方が長かったのもいる。
星野一義などは二輪というより、4輪の人と思うのが一般的である。

だけど、これは間違いなく星野にとって一番気の休まるメンバーの会合であったと言えるだろう。
いつまで経っても60おじさんは彼の兄貴分であることに変わりはない。そんな人の繋がりは、なかなかいいものである。

これは今回清原明彦君が彼の独断でメンバーを集めたからである。一応はカワサキファクトリーとなっているが、気のあった連中ばかり、ライダー中心で会社側はたった5人しか入っていないことも、
いい結果に繋がっている。これ以上会社側のメンバーが増えると叉違った雰囲気になってしまうのである。この辺は極めて微妙なところである。

無茶苦茶楽しい会合であった。こんなのは珍しい。
60おじさんのブログの写真を見たら、その雰囲気はわかるだろう。

★そんな少しいつもと違う10日間ほどが過ぎて、結構いいものを食ったのに体重は2キロ減って久しぶりに70キロ台になった。

パソコンの机を椅子に座る形に変えたし、もう何十年も鯉を飼っていた池を今潰している。
この夏、鯉ヘルペスにかかって1匹残らず死んでしまったので、もう飼う気がしなくなってしまったのである。

この心境の変化は年のせいかも知れぬ。
最近は飼っている柴のラブが弱りきって毎晩夜中にも散歩をさせて小便をさせなければ夜鳴きするのである。こんな老犬の世話に毎日時間もかかって、それも環境、心境の変化に繋がっているのかも知れない。
by rfuruya2 | 2010-01-26 06:06

1月最後の週が始まった。

★この2週間ほど何年ぶりかでのど風邪を引いた。夜咳が止まらなくて困ったが何とか落ち着いたようである。
その間外泊が2度あったりして生活のリズムが変わってしまった。
三木市長選が残念な結果で、叉これから4年間も今までと同じような刺激のない行政が続くのかと思うと気が重たくなったのかも知れない。

私個人は、昨年の1月最後の週で、NPO設立という大きなことが動いた。
今年も1月最後の週、大きなことが動けば、いいのだが。


★昨日のたかじんのそこまで言って委員会は、大阪の橋下さんと総務大臣の原口さんが出ていて面白かった。『地域主権、地方の時代』とその方向に世の中は大きく流れるのだが、

この番組の中での発言にもあったように、
『地方の行政の長、市会議員、職員、或いは一般の有権者がきっちりと意識改革をしないと、
それはいいことばかりではなくて、地域差が出て破綻の道を歩くかも知れない。』

三木の首長や市会議員、市の職員、そして市民の意識は、果たしてどの程度の関心度なのだろうか?
ひょっとしたら、時代の流れを読めていないような気もする。

末端が動かぬと、従来のような中央主導にただ付いていくだけでは、機能しないという。
そんな意識改革が出来ているだろうか?

★『ダートヌポーツ』というこんなサイトがある。 スポーツではなく ヌポーツなのである。

ここの『ピックアップサイト』に 「カワサキモトクロスの歴史」として、昨日のgooのブログを取上げていただいた。
なぜ、突如アクセスがアップしたのかとビックリした。
もう何年も前、『カワサキ単車の昔話』をブログにアップしていた頃、何度か取上げていただいたことがあるが、今回も昔話である。

昔の夢を追っかけるのも楽しいが、今のホントの夢を追っかけてみたいものである。


★今年の私の夢、結構いっぱいあるのだが、その中の一つに

『、○○ファンクラブ』がある。
末端の人たちをファンクラブで結んで繋ごうというものである。
使うシステムは、NPO The Good Times で既に完成して出来上がっている。

既に設立に向けて動きだしている 『カバン屋さんんのファンクラブ』があるのだが、

先日来、候補が急にいっぱい出来てどこからどのように手をつけようか今ちょっと迷っている。
『森のバイク館』
『船の模型グループ』
『星野インパル』
『三木セブンハンドレッドクラブ』
『鉄人28号』
『潮流発電』
『バイク雑誌風まかせ』
などなど

大きくても小さくても、企業でも団体でも、地域でも何でもできるところがいいと思っている。

『吉川の夏まつり』ファンクラブなどは結構実現性があって面白いと思っているのだが、
大した負担でなく結構な活動資金が生み出せるところが、地域活動には最適であると思っている。
と言ってもほとんどの人はお解かりにならないだろう。解っていただく活動が今年のテーマである。

★地方主権なども一種の仕組みだが、要は末端がちゃんとその仕組みを理解し、その気にならぬとダメである。
『地域主権』なども、末端の関心がないと実現しないと言っていたが、その通りである。

システム、仕組みがないと物事は実現しないし、システムを作っても関心がないと動かない。
これを動かすのが面白いのである。
今年はこれが課題である。どれだけ動くだろうか?

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今日は、午後長田の鉄道28号プロジェクトとの話、第1回目である。
ここまで繋がったのも不思議である。
繋いでくれたのは、鉄人28号を作った北海製作所の山崎さん
『潮流発電』関連なのである。

週末はその『潮流発電』  今週は結構面白そうが。
by rfuruya2 | 2010-01-25 06:41

週末

★週末で休みだと言うのになんとなく落ち着かない。
なぜだろう?
先週はカワサキファクトリーのOB会だった。大成功だったのだが、二輪車新聞の衛藤さんに連絡したり、そのほか後始末もいろいろあって。

昨日、急に思い立ってパソコンの机を買った。今までは座ったものだったのをイスの使えるものにした。楽な気もするがこれでなんとなく落ち着かないのかも知れない。

それにしても最近のものは上手に組み立てられるようになっている。
昨日2時間もかかったが何とか形になった。ちょっと間違ったところもあって今日修正しなければ行けない。それも気になっているのだろうか?

武雄の かいぼー先生がツイッターに入ってこられた。

どんなつぶやきになるのか? 期待したい。

やまかずさんのブログに
『Twitterを使っています。
ブログに一日一回まとめて投稿出来る機能がついていますので、活用したいと思います。
1月19日に実験をしたのが、そうです。』
とあるのだが、どうするのかよく解らない。ツイッターで彼に聞いてみようと思っている。

どうも、技術に弱いのは困る。


★人の名前を字まで正確に覚えるのはなかなか難しい。
パソコンは勝手に変革するので余計に間違ってしまうことも多い。

今回も、カワサキファクトリーのOB会で名前やらうろ覚えの記事をいろいろ書いたら、訂正のメールやコメントを頂いた。

こうして直接言っていただけれるのはありがたいことである。

和田将宏くん、を和田将弘と書いていた。
杉尾良文くんを杉尾義文と書いていた。

お二人とも有名人だから、余計に間違ったりしてはいけない。

杉尾良文君は兵庫県の県議だから名前をご存知の方も多いだろう。
カワサキ時代は『竹沢、杉尾』と並び称されて、私も名前だけはよく知っていたが、話をしたのは今回はじめてである。知らない人はなんとなくエラク見えるものだが、今回話が出来て仲良くなれてよかった。

民主党で高橋昭一さんとも関係があるようである。


★今週は、明日長田のNPO『鉄人29号プロジェクト』の事務局長さんと会う。週末には『潮流発電』で新しく訪ねてこられる人もいる。二つともNPOにとってオモシロイ動きになればいいのにと思っている。

NPOといえば、昨日は関東での新年会が開催された。

こちらはブログの情報だが、先にbunny beach さんのツイッターで、解っていた。
世の中の情報は、早く行きかうものである。
by rfuruya2 | 2010-01-24 06:31

カワサキファクトリ-OB会

『カワサキ』というイメージはバイクの世界で結構いいイメージで浸透しています。
マシンのよさももちろんあるのですが、カワサキ独特のファンが抱くイメージのなかには

『レース』と言う世界から、バイクの遊びの原点を見出したようなところもあって、
たまたまですが、カワサキの二輪事業を引っ張ったリーダーたちは、つい最近まで全てレーススタート時のレース委員会メンバー、さらにはそれを引き継いだ人たちの、『一種独特のカワサキのムード』
を持っています。

今回集まったライダーたちも、何もカワサキ1社の契約ではないのですが、みんなカワサキを故郷のように思う心情があるようで、何か不思議な糸で繋がっています。


今回、参加された全員が、NPO The Good Times のメンバーに参加されましたので、
叉、密接に仲間意識で繋がってゆくと思います。

今回どうしても出席できずに、取材依頼をタッチャンにされた二輪車新聞の衛藤さんも、NPO のメンバーですから、このブログもそのお手伝いの一つとして、書いています。
写真はNPOの副理事長のタッチャンが送ってくれました。
衛藤さん、青野ヶ原のもっと前からのカワサキとのお付き合いです。




★昨秋以来、キヨさんたちと計画したカワサキファクトリーのOB会が、
1月21日4時から有馬の泉郷荘で総勢25名が集まって20年ぶりに行われました。
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早速、その感想は雑感日記-1gooのほうに、アップしています。

この写真は、24名なのですが、モーターサイクリストの石井さんと二輪車新聞の衛藤さんに頼まれて今回は特派員で出席の渡部タッチャンがカメラマンとして抜けています。
カワサキは雑誌社と仲がいいのもその特徴の一つでしょう。二人とも翌日の三木セブンハンドレッドクラブで行われたゴルフも参加でした。

このブログも半分衛藤さんの記事のために書いています。
自分の記録のためにも確り纏めてみたいと思ってます。

★全回20年前に行われたOB会では末席であった星野一義と清原明彦が今回は主賓と主宰者でこの会の中心でした。50年近くも前、1963年5月19日、兵庫県の青野ヶ原にカワサキは初めてレース界にデビューしたのですが、その時のチームの中心高橋鉄郎さんやそのレースを走った飯原武志も参加です。
カワサキのレースのスタート時、既に世界的なライダーだった片山義美君がカワサキのレースを神戸木の実のライダーを送り込むなど手伝ってくれたのですが、今回は清原がその師匠を招待して特別参加です。

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これは20年前、前回のときの写真です。

★カワサキの単車事業を再建か撤退か63年にその調査をしていた日能が再建を結論付けた理由の一つに青野ヶ原のモトクロスに懸けた職場の末端の情熱があり、再建の条件に広告宣伝を本格的にやること、そのために当時の金で1億2千万円を3年間本社開発費で拠出することがあったのです、
私はその広告宣伝の担当に指名され、レースもその予算で運営されました。
そんなことで、カワサキのレース活動に参画しそのレース活動は結構裕福な財政状況の中贅沢に運営できたのです。

単車再建のスタートは新職制で1964年1月からスタートし、広告宣伝課もレース活動もその頃からスタートしています。
レース運営委員会が組織され、開発山田、営業苧野という両部長に高橋、大槻、田崎などの各部門からの委員で構成されました。私がその事務局でした。

20年前のファクトリーOB会はこのメンバーがみんな出席だったのですが今回は西海、苧野さんは個人となられ山田さんも高齢で欠席でしたが、高橋、大槻、古谷、平井、田崎(年齢順)と会社側も歴代のレース担当メンバーが前回に続いての出席でした。

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挨拶しているのは、田崎さんです。

★そんなことでカワサキのレースはモトクロスからのスタートです。当時はH,S,Yに勝てるものは何一つなかったのですが、モトクロスだけは全力投球でしたので、
1964年秋、10月10日、オリンピック開会式と同じ日に伊豆丸の山の全日本には4種目中3種目を制覇しています。山本、梅津、歳森、岡部、にベテランの三橋、安良岡の布陣でした。

翌月、11月8日、和歌山紀ノ川のレースには、練習中に指を骨折した岡部の代わりに、星野一義が岡部の名前で出場したりしたのですが、転倒脳震盪で救急車で病院に運ばれたりしました。
星野一義が初めてレース場を走った日です

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星野と歳森、杉尾のメカニックを永く勤めた広尾さんです。

★モトクロス界では、名前の知られたカワサキでしたが、会社からはロードへの参加は許されてなかったのですが、山本隆君がどうしても鈴鹿のジュニアロードに出たいと言い出して、当時工場にいた田崎さんがマシン2台を都合してくれて、それをリードレーサーに仕立て、鈴鹿MXに出場することにしてこっそり出たのですが、結果はホンダについでの3位入賞でした。1965年5月3日のことです。

その1ヵ月後、6月13日、正式にカワサキとして鈴鹿6時間耐久に3台のマシンを出場させました。
チーム監督が大槻幸雄さん、助監督が田崎さんせした。このレースに歳森康師がパートナーに選んだのが金谷秀夫です。彼のカワサキの初レースでした。このレース岡部も飯原も走っています。

1965年は、カワサキもロードレース日本GPにも参加していますし、モトクロスは伝説のあのF21Mがデビューしています。
山本隆、歳森康師、梅津次郎。岡部能夫、星野一義のファクトリーライダーは文字通り日本最強でした。

秋の日本GPでは、金谷秀夫がA1RでヤマハのGニクソンとのデッドヒートで惜しくも2位でした。
ただマン島で藤井敏雄を亡くしデグナーと契約はしたが練習中の転倒でカワサキのデグナーは実現しませんでした。

★高橋、大槻、田崎、私などがカワサキの初期のレースチームに関係したのもこの3年間で、その後のチームグリーンなど、長くカワサキレーシングチームの面倒を見てくれたのが、
平井稔男君で今回の会合の司会で盛り上げてくれました。

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今回の主宰者清原明彦、キヨさん  手前が平井 右から山本、加藤、金谷、塚本、梁、安良岡。金子、

清原明彦、和田将宏から竹沢正治、杉尾良文さらには塚本昭一、梁明と歴代のチャンピオンを生み出しています。今回の一番若いライダーは梁君で一番先輩格は片山義美、安良岡健くんです。

カワサキがトライアルをやった時期があったのをご存知の人は少ないと思いますが、
山本隆と加藤文博の二人のライダーが支えました。
山本はその後MFJのトライアル委員長を長く勤めましたし、加藤文博はその後ヤマハに移って世界の頂点を極めています。

と書いたら、山本隆君がコメントで
『rfuruyaさん文中一部訂正させていただきます。
加藤文博の記録ですが、彼はKawasaki KT250で
1975年全日本トライアルチャンピオンを収めました。
その後カワサキで世界選手権にも参戦し、のちカワサキがトライアルから撤退後ヤマハに移籍しました。
真面目な加藤の事ですから(笑)』


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右から、岡部、星野、喋っているのが御大片山義美さん、歳森、飯原、藤原、渡部

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右から 広尾、清原、竹沢、司会の平井、 高橋、大槻さん

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一番奥が私、その左が和田将弘君です。


当日の宴会の写真など、60おじさんのブログ最高です。





★翌日はゴルフでした。
三木セブンハンドレッドクラブで、ここでもモーターサイクリスト、風まかせのプロのカメラマンが、コースに入っての写真撮影でした。
どんなな写真が雑誌を飾るでしょうか?

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私は星野インパルの金子豊、金谷秀夫君という特に関係の深かったメンバーとのラウンドでした。
キヨさんが、特に気を遣ってくれたようです。

★星野と岡部は、山本が案内して、昔星野が下宿していた先の世話になったおばさんに線香を上げたいと西新町の方を訪ねました。山本は星野を弟のように可愛がっていましたし、岡部もいい奴でしたから、3人は叉別のいい1日を楽しんだことと思います。


いい2日間でした。2年後に叉やろうと言うことになっていますが、どうなるでしょうか。
自分の記録として纏めました。
まだまだ、いろいろありましたので、別に叉纏めます。
by rfuruya2 | 2010-01-23 06:56

1月も残り10日ですが。

★気がついたら1月ももう20日を過ぎました。
選挙という特別のものがあったからでしょうか、あっという間に1月も残り10日になりました。

1月末、昨年は三木市の夢塾で、NPO なるものの講義を聴き、この1年が変わったと思っています。
自分でやる目標みたいなのが見えて1年間、夢中にやってきました。

思っていた以上に順調で、ひょっとすると今年はもっと面白く展開できるかも知れません。

★何事もある期間は熱中する性格で、過ぎてしまうとアレはなんだったんだと思うこともしばしばですが、この3ヶ月は三木市長選に結構入れ込んでいました。
でも、結果は残念なことで、ちょっと拍子抜けしています。

自分が努力してもどうしようもないことは世の中には沢山あるのですが、選挙などはその代表的なものかも知れません。
三木が変わればと思った人もそれなりに沢山居られたのですが、今後どのように動かれるのでしょうか。

★今日は有馬で、昨年秋から計画してきた、カワサキファクトリーの20年ぶりのレースOB会です。
50年前はただ一生懸命レースに打ち込んだ仲間なのですが、
25人集まるそのメンバーの名前を見ると、
世界でも、日本でも有名な人がいっぱいです。
雑誌社も数社の取材があるようです。確かにこれだけのメンバーが揃うことは滅多にありません。

50年前、わいわい言ってた頃は、単なる熱っぽい連中の集まりだったのですが、やはり『熱っぽさ』というのが、いいのかも知れません。

ライダーのトップに来るのは片山義美君、神戸木の実を主宰し2輪でも4輪でも世界に名を馳せた名ライダーですが彼は今三木にいます。神戸木の実にいた星野一義金谷秀夫、山本隆、清原明彦、なども来ます。 杉尾良文、兵庫県ではちょっと名を知られていますが、彼はこの会合では中堅です。

今回はライダー中心で、会社側はライダーたちから指名招待のかたちでしたが、その5人の中に入れて頂いて光栄です。川重の元社長、副社長、常務など昔のレース仲間もエラクなったものです。
今夜は多分そんな肩書き抜きの昔の仲間のままのいい会合になるでしょう。

明日は三木セブンハンドレッドクラブでゴルフをします。

★この25人、全てがNPO The Good Times のメンバーになります。
今現在は半分ちょっとですが、今夜残り全員に入ってもらいます。
理事が3人、御大高橋鉄郎さんには相談役になって頂いています。
三木セブンもNPOの団体会員で明日のゴルフは会員特典の500円引きを適用してくれます。入会金か1000円、それぽっきりで一生会員ですから、明日で半分は戻ってきます。

今年は、このNPO、オモシロイことを昨年以上にやりたいと思っています。NPO がやるのではなくて、会員さんがやりたいことを、システムでお手伝いしようと思っています。

『潮流発電』 『鉄人28号プロジェクト』などが動けばいいのですがどうなりますやら。
もう間違いなく動き出しているのも幾つかありましので、
今年はこれが忙しくなりそうです。

★1年あったら、いろいろ出来ます。カワサキと三木の人たちとのコラボでスタートしたNPO ですので、三木ともいろいろ組んでやりたいと思っています。
今年は、積極的に活動するところには、『活動費を補助できる』そんな体制になりました。

費用が掛らない『NPOのよさ』と『その仕組み』がそれを可能にしています。
NPO1周年を記念して、1月の残り10日間、私なりに頑張ってみたいと思っています。
 
by rfuruya2 | 2010-01-21 06:31