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雑感日記

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人が生きていると言うこと

★人は死なない限り生きています。
若い時も、後期高齢者になった現在でも、当然のように毎日生きていて、
『人が生きている』と言うことがどんなことなのか、あまり考えたこともありませんでした。

今年のお盆休みの8月14日に、101歳の母が急におなかが痛い、足が痛いと歩けなくなって、救急車で三木の山陽病院に運ばれて、体に炎症があるからとそのまま入院になりました。
それからもう20日にもなりますが、なかなか熱が取れずにそのまま入院が続いています。

100歳以上の高齢者の問題がいろいろ言われています。
長寿社会を喜び歓迎するのが一般的でしょうが、それは元気に生きていて初めてそう言えるのだなと思います。
以前からもそうは思っていましたが、
『人が生きている』と自分でも周囲もそう認めるのはどんな事なんだろうと、ごく最近になって、母をみていてずっと思っています。


★動けたり、自分の思うことが出来たりするのが普通ですが、
だんだんとそれが難しくなり『自分の思うように出来なくなった』歯がゆさみたいなものを、
この1,2年母は感じていたようですが、はた目で見ると『100才にしては元気ですね』と言われてきました。
それは動くことが出来たのと、ちゃんと受け答えができていたからだと思います。

6月28日の今年の101歳の誕生日の頃はまだそんな状態でした。
目がちょっと見えにくいと言うことで目の治療に病院に通いかけてから、何か精神的に弱くなってしまったような気がします。
今回も入院出来て安心したのですが、入院してから急に意識の方が衰えてしまいました。
101歳の高齢だから仕方がないのですがーー。


★『人が生きrている』と言うことは、
●ちゃんと自分の意志が伝えられて
●ちゃんと周囲の言うこと  が判断できることが最低条件だなと思うようになりました。

今の母は、残念ながらそれが難しくなってきました
ほんの20日間ほどの変化ですが、救急車で運ばれる日の応答の確かさが、懐かしく思い出されます。


★企業も、行政も生きています。

『行政が生きている』と言うことも、ただ単に予算を作りそれを執行しているだけでは、単に動いているだけのことかも知れません。

ちゃんと『情報発信、情報収集』されていないと、本当に『生きている』という最低の条件が達成されて初めてそう言えるのかなと思います。
形だけの『情報発信や収集』ではなくて、ちゃんとした意志とを持ち、かつ一貫性を持ったものでなくてはなりません。

そういう意味では、
ちゃんとした『基本コンセプトを持ち続けている』企業や行政だけが、ホントに『生きている』と言えるのかも知れません。


★ちょっと私事を書きましたが、
母も101歳まで『ちゃんと生きれた』のは良かったと思っています。
母には寿命がありますが、企業や行政は永遠です。
そんなことを思っている昨今です。
by rfuruya2 | 2010-09-08 07:03