★今朝の朝日朝刊、ビックリするほど大きい記事で、
武雄の図書館の新システムの話が出ている。
先日、
三木の図書館問題に触れたりしたが、
図書館については、あまり関心がないし、その仕組みなどについても素人なのでよく解らない。
★今朝はたまたまだが、もう一つのブログgooでは、
『仕組みを創るオモシロさ』というテーマで書いている。
『仕組みを創る』ということにかけては、
私自身は結構プロのレベルにあると自負している。
現役時代40数年間、ずっと新しい仕組みを創りつづけてきたと言っていい。
今もなお、その延長上で『仕組み創りの連続』なのである。
●仕組みを造るのは、非常に高度な仕事である。
仕組みを造らずに放たらかしの形にして、創意工夫してやりなさいというのは酷である。損なやり方である。
●システムとは手続き通りに仕事を進めてゆけば、意図した目的が実現できる仕組みでなければならない。
現在のシステムは単なるデーターのアウトプット体系に過ぎない。
これは現役時代お付き合いのあった、服部吉伸先生の本の中の言葉である。
服部さんはご自身の理論通りにやっている実務者を見つけたと、私に近づいて来られたのである。
★世の中一般に『前例の踏襲』が通常である。なかなか変化を求めない。
この武雄の図書館問題についても、大体専門家に近い方ほど、厳しい意見をお持ちのようである。
この新聞記事の中でも、大学の先生や図書館関係者の専門家筋は批判的な傾向なのである。
私自身は、『本件はよく解らない』というのが本音だが、
武雄の樋渡さんは単なる民間委託ではなくて、
ちゃんとしたご自身の『コンセプト』の上にこの『新しい仕組み』を展開されようとしているのだと思う。
『よく解らない』が、『新しい仕組み』に賛成である。
なぜ?
従来のシステムの踏襲には、
それ自体何の反省もない。
『新しい仕組み創り』には、何らかの分析や、新しいものに掛けるコンセプトがあると思うからである。
少なくとも
、『何も考えない』ところからは『何も生まれない』のである。
★私のような、従来の図書館には、今後も間違いなく行かないであろう人種も居るのである。
図書館に行ったことは何回かあるが、
それは、『家内の運転手』であったり、図書ではなくて『図書館にお勤めの人に会いたくて』図書館に行っただけで、いままでただの1回も図書館で本を借りたことはナイ。
全体の市民の何%ぐらいの人が図書館に行くのだろう?
本を読む人は、殆ど100%だろうから、間違いなく図書館に行かない人の方が多いのだろう。
従来の図書館に慣れ親しんでいる人は、多分変化を求めないのだろうが、
図書館に関心を持たない人たちを呼び込むには、『新しい仕組み』の方がいいようにも思う。
それにしても大きい記事である。
こんなに大きな記事になるのなら、図書館で少々問題があったとしても
『武雄市』にとっては大いにプラスであるように思う。
何故朝日は、こんなに大きく取り上げたのだろう?
そんなことの方が『図書館問題』より、
興味、関心があるのである。