雑感日記

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算盤は小野より三木が先?

昨日は秋バラを見に姫路バラ園に行った。あんなに解りにくい立地なのに、そしてウイークデイなのに沢山の人である。
バラ園はあちこちにあるが、毎年春秋必ず行くようになった。
『そうさせる何かがある』からだと思う。 『差別化』が出来ているのだと思う。
最近では、テレビなどでも紹介されるので、余計に人が多いのだろう。

姫路からの帰りに、ふと朝のブログで見た『湯ノ山街道』を見て帰ろうと思ったのである。
35年も三木にいて、知らなかった道があった。
『えびす神社』ってこんなところにあったんだ。神鉄の『えびす』はこれからだろうし『えびす祭り』も名前は毎年聞くが見たこともない。

そんなはじめての道だったが、
『ギャラリー湯の山みち』の筒井さんにお会いして、すっかり話しこんで、
『播州そろばん小史』なる資料も頂いて、老人大学の個人授業を受けたような感じであった。
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そろばんは250年前に堺から三木に来て三木の産業として育った。
明治のころまでは、鍛冶職より算盤職のほうが多かった。
その後、鍛冶屋が儲かるとだんだんと転職し産業は小野へと移って行ったということである。
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200年前の話でビックリしていたら、400年前の三木の産業は染色であったとか、
この資料も頂いてきた。
興味のある方はこの写真の最初にあるのでお読み下さい。
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最初は2階に資料室があるというのでわざわざ鍵をあけて頂いて、覗いてみたらこのぎギャラリーの筒井代表がおられたのである。
昭和4年生まれ、私より4っ上である。初めは3億5千年前の貝の化石など見せて貰っていたのだが。

若いころは航空機に関心があって、川崎航空機や明石の空襲の話になって、俄然身近に思ったのである。
三木の文化論などいろいろあったが、奥の部屋の算盤や染物まで見せて頂いたのである。
折角、ここまで集めておられるのに、パソコンはおやりにならないようである。
今からでも大丈夫ですよと奨めてはきたのだが。
私も生まれて初めてパソコンを触ったのは、4年前である。

いい1日になった。
朝、ローバーさんと、そこに寄せられていたもて木さんのコメントを見なかったら、『湯ノ山みち』など知らぬままだったろう。
by rfuruya2 | 2008-10-23 05:15